美濃紙ができるまで

1.刈りとり

和紙の原料となる楮(こうぞ)はクワ科の落葉低木。高さは二〜五メートル程度になり、樹皮の繊維が非常に長いのが特徴です。刈りとりは冬至の頃におこない、根っこよりやや上の部分までを残して刈ることで、そこからまた新しい枝が伸び、来年に収穫することができます。


↓取材に訪れた時期は、刈りとりをすでに終えた後でした。

画像:美濃和紙の里会館より
楮(こうぞ)
楮の枝の断面

2.蒸し

刈りとった楮を釜の中に入れ、その上から桶をかぶせて蒸気で蒸します。
蒸すことで、楮の皮が剥ぎやすくなります。ちなみに、現在は釜ではなく専用の大きな部屋に入れて、大量の楮を蒸すことができるそうです。

3.皮剥ぎ

蒸し上がった楮は、温かいうちに手早く皮を剥いでいきます。剥いだ皮は、束ねて竿などにかけて一度乾燥させます。

4.外皮(あらかわ)とり

乾燥させた楮の皮を水に浸して再び柔らかくし、さらに皮の表面を覆う黒い皮(外皮)を、たぐり鎌というナイフ状のもので一本一本削り取っていき、和紙の原料として用いる白い皮部分(内皮)のみにします。それを、日光にさらして再度乾燥させます。 現在はここまでの作業を楮業者が行い、原料として紙漉職人のもとに納入されることが多いそうです。

5.水浸け

乾燥させた内皮を、川の浅瀬や水槽に2〜3日浸し、不純物を取り去ると共に漂白をします。

6.煮塾(しゃじゅく)

水に浸け柔らかくした内皮を沸き上がる大きな釜に入れ灰汁(あく)で皮に含まれる繊維同士をつないでいる成分を煮溶かします(1時間半〜2時間ほど)。灰汁は、昔はもみ殻や稲わらなどの灰を使っていましたが、現在は石灰やソーダ灰などのアルカリ性煮塾剤を用いることが多いそうです。

7.ちり取り

煮熟することで内皮が柔らかい繊維になった紙料を釜から取り出し、洗い場でちり取りを行います。ザルに入れた紙料を流水に浸けながら灰汁と不純物を洗い流した後、紙料に付着している小さなチリやゴミを一つ一つ丁寧に手で取り去っていきます。
この工房の洗い場は、小さな小屋の中に幅40〜50センチ程の水路が横切り、綺麗な井戸水が流れていました。その水路の脇に座布団を敷き、座りながら身を乗り出すような姿勢で長い時間ちり取り作業をするとのことでした。

8.叩解(こうかい)

ちり取りを行った紙料を、木槌(きづち)や杵(きね)で叩くことにより、繊維を細かくほぐしていきます。 現在では大きな複数の刃を電動により回転させて叩解する「ビーター」と呼ばれる機械を用いることが多いそうです。

画像:美濃和紙の里会館より

9.紙漉き(かみすき)

9-1.紙を立てる

漉舟(すきぶね)と呼ばれる大きな風呂桶のような木製の水槽に、叩解した紙料と水を入れ、馬鍬(まぐわ)で漉舟の中の紙料をよく分散させます。次に黄蜀葵(とろろあおい)の根から抽出した粘液(「ねり」と呼ぶ)を適量入れ、竹の棒などでさらにかき混ぜ、ねりの量と強さを加減し調整します。ここまでの準備を「紙を立てる」といいます。

【 道具・材料解説 】

漉舟(すきぶね):紙を漉くときに用いる水を溜めておく木製(松や檜など)の水槽で、この中に水を張り、紙料や黄蜀葵の液を加えて漉きます。漉舟のサイズは各地方や種類により様々です。ちなみに、この美濃竹紙工房では横幅約171cm、奥行き約98cm、深さ約35cmの内寸を持つ漉舟が使用されていました。

馬鍬(まぐわ):漉舟に入れた紙料と黄蜀葵から抽出した粘液の作用で、水の中で均一に分散するように掻き混ぜるための道具です。大きさは漉舟の横幅程度あり、大きな櫛(くし)、又は鍬のような形状をしています。使用時は、漉舟の両端にある馬鍬かけと呼ばれる支柱に掛け、前後に300回程揺らしながら使用します。

黄蜀葵(とろろあおい):アオイ科の1年草。高さは1〜2メートル程度になり夏に10〜20センチ程度の黄色い花が咲き、根には独特の粘りのある透明な粘液を含みます。紙を漉くときに、紙料と一緒にこの粘液を水に添加することにより、紙料が固まりにならずほど良く分散し、さらに沈殿も防げることから、漉きやすくなります。美濃では別名「ねべし」といい、抽出した粘液を「ねり」といいます。

紙料箱(しりょうばこ):叩解し終えた紙料を保管するための箱。紙漉きするときに、この箱から適量の紙料を取り出し、漉舟の水に加えていきます。

9-2.紙を漉く

桁(けた)という持ち手の付いた木枠のようなものに簀(す)を挟み、漉舟の中の紙料をすくいます。紙の漉き方には、「溜め漉き」「流し漉き」など地域や紙の種類により様々な方法がありますが、美濃紙は「流し漉き」で多く漉かれています。

「流し漉き」の手順

漉き始めは「化粧水(けしょうみず)」と呼ばれる、紙の表面部分を形成する工程から行います。桁の手前の縁より紙料を含んだ水をすくい上げ、奥の縁に向けて簀の上を滑らせるように流し入れ、そのまま縁から払い出し、残りの水を手前の縁にもどしチリやゴミを流し落します。この時にチリやゴミなどがある場合は、しっかりと取り除きます。
次に、何度か紙料を汲み入れ桁を揺り動かすことで紙に厚みを加えていく「調子」という漉き工程ですが、この工程こそが美濃紙の制作におけるもっとも特徴的な部分になります。一般的な手漉き和紙の製法では、漉桁を前後にのみ揺り動かすことで漉き上げていく「縦揺り」と呼ばれる方法が多いようですが、美濃紙の場合は、「縦揺り」に加え左右にも揺り動かす「横揺り」も行っています。「横揺り」を加えることで繊維の絡みが強固になるため、縦だけでなく横からの張力にも耐久性が上がります。
最後に紙の裏面を形成する「払い水(はらいみず)」と呼ばれる漉き工程を行います。これは、最初に行った「化粧水」と同様に水を含んだ紙料をすくい上げ、漉いた紙の上を滑らせるように流し入れ、一度で縁から払い出します。

【 道具・材料解説 】

簀(す):節の間隔が長い竹を細かく割って竹ひごにし、絹糸で編み連ねた簾(すだれ)のようなもので、大きさは紙の種類などにより様々なものがあります。桁(けた)と言われるフレーム状の枠に固定し、何度か漉舟の水にくぐらせ紙料をすくうことで、簀の上に紙を形成していきます。簀は、非常に細く繊細な竹ひごを継いで作られていて、その継ぎ目は出来上がった紙の表情に影響するため、ズレ無く、目立たないように継いでいく必要があります。そのために、専門技術を有する簀編み職人がいるのですが、現在ではその人数が減ってしまい、今後が心配されています

桁(けた):簀(す)と呼ばれる簾(すだれ)状のものを、上下で分割するフレーム状の木枠(木曽檜)で挟んで固定する道具で、両端より少し内側部分にある持ち手を両手で掴み、前後や左右に揺らしながら漉舟の水にくぐらせ紙料をすくうことで紙を形成していきます。下段の木枠には、簀が載るため数本の梁のようなものが平行に渡してあるのですが、その梁の上にはさらにアーチ状の金属線が這わせてあり、側面から見ると桁の中心部分になるほどやや高くなっています。これは、桁に水を含んだときに、簀の面が重さでたわんでも水平を維持するための工夫だそうです。また、天井には複数の竹竿が平行に設置してあり、その竿先から糸で桁は吊されているので糸のテンションにより、操作しやすく、腕への負担を軽減させるなどの工夫もされています。

9-3.紙床(しと)をつくる

漉き上げて水分を多く含んだ和紙を簀に張り付けたまま、紙床板(しきづめ)と呼ばれる板上に、紙の面が下になるようにひっくり返して簀の端から丁寧に重ねます。簀を紙からはがす際もヨレがないように端から慎重にめくっていきます。次に漉き上げた紙は、前回漉いた紙の上に一枚ずつ積み重ねていくことで紙床をつくっていきます。

10.脱水

紙に含まれている水分を抜くため、紙床板ごと紙床を圧搾機(おしば)に載せ、板を上から被せて挟み込んだのち、重石やジャッキなどで圧力を加えることで押ししぼっていきます。この作業により60〜65%まで水分量を減らします。

11.乾燥

脱水した紙床より和紙を一枚づつはがして、紙の表(おもて)を手前側にして干し板(ほしいた)に張り付けていきます。張り付ける時は、紙に傷やしわがつかないように馬のたてがみでできた刷毛で表面を撫でながら張り付けます。張り終えた板は、野外に出し天日干しをして乾燥させます。天気が良ければ、2〜3時間程度で乾くそうです。

【 道具・材料解説 】

干し板(ほしいた):漉き上げた和紙を張り付け、天日で乾かすときに用いる板で、イチョウやトチノキなどの木材が使用されています。また、板の各面の端に一カ所だけ角材が貼付けてあり、重ねたときに隙間ができ扱いやすくなるとともに、干しているときにその角材が上にあるか下にあるかで、干したタイミング(午前中は上向き、午後は下向きなど)の目印にもなっています。美濃竹紙工房の干し板は、大きさが高さ約215cm、幅約70cmの栃の木の一枚板で、100年近く使用しているとのことでした。ちなみに、傷などが入った板は、和紙などで傷部分を補修しながら大事に使い続けられていました。

刷毛(はけ):漉き上げた和紙を、干し板に張り込むときに用いる幅広の刷毛で、摩擦や水に強く、適度なコシをもつ馬のたてがみを利用しています。張り込み作業は、和紙の仕上がりにも影響するため、傷やシワにならないようにするのはもちろん、均一な張り具合も要求されます。一枚ずつ丁寧に和紙表面をまんべんなく撫でながら張り付けていきます。
ちなみに、今回使用されていた刷毛は、全長31cmで毛の部分は長さ6cm、幅は22cmあり、形状は美濃特有の形とのことでした。

12.選別

乾燥した紙は板からはがして回収し、一枚一枚光に透かしながら目視により紙の仕上がり具合を確認していきます。

13.製品

出来上がった本美濃紙や薄美濃紙などの和紙は、生紙の状態が一般的ですが、封筒、はがき、便箋、名刺をはじめとする加工製品や、巻書簡箋文化財修復紙、表具の裏張り、障子紙、提灯紙としても利用されるなど、美濃紙はさまざまな用途・分野に応じた形態で広く活用されています。

取材協力

美濃竹紙房(岐阜県美濃市蕨生)
美濃和紙の里会館(岐阜県美濃市蕨生)

参考資料

「日本画 表現と技法」武蔵野美術大学日本画学科研究室/編 武蔵野美術大学出版局 2002年
「美濃紙の伝統」久米康生/著 美濃市役所/編 美濃市役所 1994年
「美濃紙マニュアル vol.3 美濃紙入門」美濃紙を愛する会 2004年
「美濃紙抄製図説」岐阜県勧業課/編 1880年

制作スタッフ

監修 金子伸二 通信教育課程芸術文化学科准教授
取材・執筆 清水健太郎 現代GPコンテンツ開発室主任・通信教育課程油絵学科講師
Web編集・写真撮影 相澤和広 現代GPコンテンツ開発室
VTR撮影・映像編集 笠原隆史 現代GPコンテンツ開発室

特別協力

船戸友数 美濃和紙の里会館 事業・紙業振興係長

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